2005年6月24日(金)、約3年8ヶ月ぶりに日本に戻ってきました。
あれから、いつの間にか1ヶ月半も経ってしまったんだ...。
帰国すると直ぐに部屋探し、仕事探し、そして予想外の母親の入院など、台風一家に巻き込まれたような日々でした。引っ越したら引っ越したでトイレットペーパーなどの生活必需品を買い揃えたり、荷物が届くのを待ったり...と、引越しって意外と労力や時間が要るんです。思わず、アメリカやメキシコで何もなく暮らし始めた日々を思い出してしまいました。
そんな中、帰国してから違和感というのか妙な感覚が未だに抜けずにいます。逆カルチャーショックと呼ぶのは大袈裟だし、3年ちょっと海外で生活しただけで日本での生活に違和感を感じるはずがないとも思うんですが、本人にとっては結構深刻な問題なんです。
●違和感を感じるもの … ドアの開け閉め
デパートやビルなどに入る際(家を例外として)に、日本ではドアを押しながら建物に入るケースが一般的ではないでしょうか。ハリウッド映画で、男性がドアを開けて(引いて)女性をエスコートするシーンを思い出して頂くと分かりやすいと思いますが、アメリカの場合、ドアを引いて建物に入るのが基本で、同じ建物に入ろうとする人が続いていたり、眼の前に外へ出る人がいたら、ドアを押さえてあげて相手に先を譲ることが多いです。逆に自分のすぐ前にいる人が自分だけ入ってドアを離してしまったら(閉まったら)不快感を感じることになってしまいます。
日本のドアには「引」「押」とか書いてあることに気付いた私は、アメリカのドアの多くは「引」だったなあと自分の曖昧な記憶をたどりながら、日本でもドアを押さてあげようとするんですが、ドアが「押」となっているから仕方なく押して入って、ドアを押さえてあげようとすると、ドア自体が元に戻ろうとするし、しかもドアが意外に重くてドアを押さえてあげるのがキツイいんですよね(ドアを押して入った場合押さえにくいし、日本のドアって必要以上に重くないですか?)。またアメリカのように気軽に「ありがとう」と言うのに慣れていないためか、ドアを押さえてあげると相手が不思議そうな顔をすることが少なくないです。
でも直ぐ後ろの人も同じ建物に入ろうとしているのに、少しも待たずにドアを離してしまうのは寂しい気がします。日本もアメリカのようにドアは「引」くのが基本なら、もっと楽にドアを押さえられてマナーが定着するんでしょうか。