4年近く苦楽を共にした愛車、三菱エクリプスにおよそ300キロの荷物を詰め、18日夕方グァナファト州レオンからアメリカとの国境に向け1500キロのドライブが始まりました。
もちろん高速(Autopista)を利用しましたが、メキシコの高速道路システムは各高速道が繋がっていないので、途中市街地を通りながら別の高速道に乗るようになっています。これが厄介でレオンからアメリカの国境の街エルパソ(El Paso)まで、Aguascalientes(アグアスカリエンテス)、Chihuahua(チワワ)のような大きな街があり、それぞれの市街地を抜けるのに約1時間もかかり、車の多い市街地で見にくい道路標識を確認しながら次の高速に乗り換えなくてはなりません。既にレオン-エルパソ間は2回ほどアメリカ側から運転したことがありましたが、やはり途中で道に迷ってしまいました。メキシコで運転したことがあれば理解してくれるはずですが、とにかく文字が小さすぎて極端な場合50m位近くまで寄らないと全く読めないことも多い。標識が親切ではなく、例えば東京から東名高速で名古屋方面に向かう際に、途中のいくつかの標識は名古屋方面の表示がなく名古屋の先の別の街(例えば福岡)だけが表示されていたり、別のルートへの標識が出て来ても名古屋方面の標識がなかったりして、自分が通っている道が間違っていないか常に不安です。しかも土地勘がなく街の名も知らないところばかりだから市街地では標識に全神経を集中してしまいがちで、事故にならないか心配だったりします。これまで走ったことがない逆のルートだし、昼と夜の光景は全く違うわで、とにかく次の高速道路に乗るまで落ち着くことができませんでした。
何度か道に迷いながら、出発した夜は高速の料金所で車で仮眠しようとしましたが、荷物で埋まった車はシートを倒すこともできず、なかなか寝付けません。しかも寝付いたと思ったら蚊の大群に指された自分は痒くて痒くて起きてしまい(起きるまで窓を開けていたせいもありますが)、薄暗く所々しか光が当たらない車内で朝まで20匹ほどの蚊と戦うこととなってしまいました。暗い車内で必死に蚊と格闘している自分を他人には絶対に見られたくないと思いながら。
荷物を満載していたこともあり、国境までの全ての検問所で3回も車内を検査されました(いわゆる薬物を運んでいないかチェックされます)。
1回目の検問ポイントでは、検問所でニコニコしながら「こんばんわ」と言ってしまったのがいけなかったような気がしますが、そこでは軍の人が何台もの車をチェックしていました。早速車内を調べようとする軍人に「どうして」「調べても無駄だよ」と言ったら、手招きされながら「これを読め」と言われ、そこには英語で「法律で車内検査をすることがあり、ご迷惑をかけて申し訳ない」みたいなことが書かれていたのですが、ところどころ脱字(例えばTank You とか書かれていたり)があったりして、メキシコっぽくて可笑しくなってしまいました。
それからメキシコではよくある国籍を聞かれ(まず韓国人か中国人か、次に日本人の順で国籍当てされることが多い)、日本人なら空手ができるのか、空手を習うにはどうすればよいかなど質問され、車を止められ無駄な時間を過ごしましたが、アミーゴと他愛のない会話を楽しむことができ嬉しかった自分が不思議です。
ちなみに残る2つの検問所では「既に車内を調べられた」と言ったのにかかわらず、やはり簡単に調べられました。
でも一つ疑問が残り、調べると言ってもアメリカの国境のように麻薬犬を使う訳ではなく、全ての荷物を検査する訳でもありません。
これは私の想像に過ぎませんが、メキシコで検問しているのは形式的なものであって、決して全ての薬物の移動を止めようとはしていないように思えて仕方ありません。アメリカからの麻薬撲滅への協力を要請されメキシコ政府は仕方なく検問所を設けている、一方アメリカ政府はメキシコでの検問所の効果が疑問であることが分かっていても、道のない砂漠を越えて麻薬を運ぶこともできる訳だから完全に麻薬を絶てるとは考えていないはずです。メキシコ政府が検問所を設けてアメリカに協力していることでアメリカ・メキシコ間の良好な関係をお互いにアピールできるだけで十分で、しかもアメリカ国内の世論や政府への批判を最小限に抑えることができているような気がします。メキシコも麻薬犬を導入すればもっと麻薬を押収できると思いますが、運転しながら両国間の政治的な意図や駆け引きのようなものを感じました。
そんなことを途中で考え、窓越しにアミーゴに道を聞いたりしながら、出発して約25時間後に国境沿いの街シウダドフアレス(Ciudad Juarez)を通りメキシコ国境に到着、メキシコの移民局に行くために車を止めると洗車でお金を稼ぐ少年が寄って来て、一度は断ったのに勝手に洗車され(と言っても水を使う訳ではなくタオルで拭いただけだから全く綺麗になっていなかった)「カブロン!」と言いながらチップをあげ、メキシコに別れを告げました。